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November 20, 2008

2008年版冬の炬燵の読書録-その9-メアリアン・ウルフ「プル-ストとイカ ― 読書は脳をどのように変えるのか?」

Photo_2写真は]「プル-ストとイカ」
ウェブ上で情報を取得するのと本を読むのとではどう違うのだろうか。この意味をもっと考えた方がいいだろう。活字離れが叫ばれ総理大臣も活字本よりはマンガということだそうだ。麻生氏も最初はマンガ本を読むということで若い年代に親近感を持たれたようだが、最近の公式の場での漢字の誤読が目立っていて「マンガ本しか読まない」のではないかと言われるようになってその人気も翳りを見せているようだ。麻生氏のみならず世の中には本を読まない人は結構いるようだ。(ちなみに僭越であるが小泉氏以降の歴代の総理の読書に関するリテラシーは高い順でいうと、福田>>>>小泉>>麻生>安倍か福田>>>>小泉>>安倍>麻生といった所でしょうか。)
世の中には新聞も読まず情報はウェブサイトのみ、あるいはテレビのみという人もいるようだ。さて、余計なお世話かもしれないがこのような人の思考はどうなるのか興味があるところである。米国のタフツ大学Tufts University)で認知心理学発達心理学ディスクレシア(Dyslexia)研究をしているメアリアン・ウルフという教授が書いた「プル-ストとイカ ― 読書は脳をどのように変えるのか?」は大変面白い本である。変った題名の「プルーストとイカ(原題:Proust and the Squid)」
「文字を読む脳の発達と進化のこの二つの次元、つまり、個人的・知的次元と生物学的次元が併せて語れることはまれだが、そうすることで発見できるきわめて重要で素晴らしい手本がある。本書では、読字のまったく異なる二つの側面を説明するため、メタファーとしては有名なマルセル・プルーストを、また研究例としては非常に過小評価されているイカを取り上げてみる。プルーストは読書を、人間が本来ならば遭遇することも理解することもなく終わってしまう幾千もの現実に触れることのできる、一種の知的”聖域”と考えていた。」(*)
ディスクレシアは英語圏では大きな問題となっていて研究も進んでいる.歴史上有名な発明家のトーマス・エジソンアレクサンダー・グラハム・ベルといった人はディスクレシアであったそうだ。
今のところ識字率の高い日本ではあまり問題になっていないが、英語圏では大きな問題になっているようだ。特に移民社会の米国では国民のかなりの人が英語の読み書きが出来ない状況があるようだ。さて、言語と脳の関係は大変興味深い。最近の研究では脳科学の研究が進んで、英語脳、中国語脳、日本語脳のタイプではかなり異なるようである。(**)
この問題に科学的に解明できるようになったの契機は脳の画像化技術によるものだ。こういった最新の研究の成果もこの本の中で紹介されている。

日本語の特徴として全く異なる書記体系(漢字と仮名)の習得が必要になってくる
二種類の音節文字、つまり片仮名および平仮名と、漢字との間を行き来しながら読み進む能力を備えた日本語の読み手の脳は、現存する最も複雑な読字回路の一つを備えてているといえるだろう。」(***)
この辺の示唆は幼児の早期英語教育についても問題を投げかけており、書記体系が固まらぬ子供に英語を教えることの是非は慎重に検討される必要があるだろう。また、漢字文化についても今後日本の中でどう育てていくかは重要である。英語は使える、漢字も使えず、日本語らしい表現が出来ない人々ばかりになってしまっては日本の優れた文化力はなくなってしまうだろう。日本に来る留学生の多くが日本語の読み書きを全く低いレベルでしかできないという現実も直視しておいたほうがよさそうだ。多くの留学生は日本にいながら日本語の出版物を読むことも出来ないようである。欧米に留学して英語が全く読めないことを想像すればその問題の大きさは分かるであろう。多分、日本人が欧米圏に留学した場合、程度はあるがその国の本を読んだり、書いたりすることはこれに比べれば困難さは少ないと思う。(受験英語をバカにできない。)
更に日本の翻訳文化の豊富さは世界に類を見ないことも知っておくべきであろう。海外で出版された書籍がほぼ二年以内に読める国というのは恐らくないであろう。
ヒトが文字を知るしくみは大変興味深いものがある。子供がどのように獲得していくかは発達心理学の分野でもあるだろうし、人類が文字を獲得していった歴史も重要である。人類最古の文字といわれているのがシュメール人による楔形文字といわれている。
現代の我々が今後直面している一つの問題は「デジタル・ネイティブ」といわれる世代の出現である。子どものころから、インターネットを「水」や「空気」のように使いこなしてきた「デジタルネイティブ」とも言うべき若者たちの今後はどうなるのだろうか。これは「書記言語」が出現したときも同様であった。「プルーストとイカ」では「書記言語」に対するソクラテスの三つの主張を挙げている。(****)
第一の反対理由・・・・書き言葉は柔軟性にかける
第二の反対理由・・・・記憶を破壊する
第三の反対理由・・・・知識を使いこなす能力を失わせる(表面的な理解しかできない。)
Photo
図はミエリン 出典:ウィキペディア
髄鞘 (e) をもつ末梢ニューロンの模式図。軸索 (d) にシュヴァン細胞 (f) が幾重にも巻き付くことによって髄鞘が形成されている。 シュヴァン細胞のすき間にはランヴィエの絞輪 (g) がある。(a) 樹状突起、(b) 細胞体、(c) 核、(h) 軸索終末
さて、いつから文字を読ませるかは、人間の生物学的スケジュールという問題と絡んでくるとされる。読字は、脳が様々な情報源、特に視覚野聴覚野言語野および概念野接続、統合する能力によって左右される。
この統合の成否は、個人の各脳領域とその連合野の成熟度と、これらの脳領域の接続、統合の速さにかかっている。その速さ自体はニューロン軸索(axon)のミエリン(myelin:髄鞘)化によって決まるといっても過言ではないそうだ。(*****)

(この稿未完)



(*)ウルフ[2008]p20,
イカが他の生物と比べて神経の研究に使われるのは、神経の太さにあるらしい。どんな高等生物でも神経の長さは数センチメートル以上あるが、その太さは1000分の1ミリメートル以下と細く、一本を取り出すのは難しい。そこで、直径が一ミリメートル近くもあり、最も太いというイカの神経を使うのだそうだ。イカの軸束が太いのは、イカ自身にとってもパルスの伝達速度をすばやくするためのものなのだが、実験で切ったり一部を糸で縛ったり、加工することが出来て便利だそうだ。(都甲、江崎、林[2007])
(**)ウルフ[2008]p98
(***)ウルフ[2008]p100
(****)ウルフ[2008]p113-122とプラトン、藤沢訳[2003]
(*****)ウルフ[2008]p148


参考文献
(1)メアリアン・ウルフ、小松淳子訳[2008]「プル-ストとイカ ― 読書は脳をどのように変えるのか?」インタ-シフト
(2)マルセル・プルースト 保苅瑞穂編[2002a]「プルースト評論選〈2〉芸術篇」ちくま文庫
(3)マルセル・プルースト 鈴木道彦編訳[2002b]「抄訳版 失われた時を求めて〈1〉」集英社文庫
(4)マルセル・プルースト 鈴木道彦編訳[2002c]「抄訳版 失われた時を求めて〈2〉」集英社文庫
(5)マルセル・プルースト 鈴木道彦編訳[2002d]「抄訳版 失われた時を求めて〈3〉」集英社文庫
(6)プラトン 藤沢令夫訳[2003]「パイドロス」岩波文庫
(7)都甲潔、江崎秀、林健司[2007]「自己組織化とは何か-生物の形やリズムが生まれる原理を探る」講談社ブルーバックス

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